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小林秀雄、岡潔『人間の建設』

文学者の小林と数学者の岡の1965年に収録された対談。
相反するような領域を専門とするお二人ですが、そうだからこそ、この対話が成立していることがわかります。

 

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<19-016>
【しんちゃんオススメ ★★★★☆ 人間の建設】

<目次>
学問をたのしむ心
無明ということ
国を象徴する酒
数学も個性を失う
科学的知性の限界
人間と人生への無知
破壊だけの自然科学
アインシュタインという人間
美的感動について
人間の生きかた
無明の達人
「一」という観念
数学と詩の相似
はじめに言葉
近代数学と情緒
記憶がよみがえる
批評の極意
素読教育の必要
注解
「情緒」を美しく耕すために 茂木健一郎
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この二人の知識というか、洞察の深さがもの凄くて、誰が理系なのか文系なのかわかりません。
というか、「真の知識人」(物知りという意味ではないです)には理系とか文系とかは関係ないのですね。
自分の専門分野は当然のことながら、他領域のことについても造詣が深くて驚きます。
しかも、いろいろなテーマ(文学、詩、小説家、絵画、数学、物理、哲学、時間、酒など)についての考察が鋭くて、読む側が唖然としてしまいます。

 

驚くべきは、高校時代(旧制高等学校)のときにこれらの教養を身につけていること。
小林氏は、今の「学校というものは、むずかしいことが面白いという教育をしない」と痛烈に批判しています。
小林氏の「素読」についての高評価も興味深い。なるほど、と頷いてしまうのは、そういう丸暗記の効果を知るのはずっと後になってから、という経験があるからであろう。
岡氏は岡氏で、「数学は感情で分るものでなければならぬ」と喝破。それがまた面白いではないですか。
ある意味、二人の独断が表出されていないでもないですが。

 

私の実力では二人の話についていけないだけかもしれません。

 

下手なビジネス書を読むよりも、こういう書籍を反復して読むほうが、血(知)となり肉となるのかもしれません。
二人の「雑談」をまとめたものらしいですが、これが雑談というのなら(確かに雑談ですが)、我々の日常会話は「”駄"談」としか言えまい。

 

docshin * 飛耳長目 * 23:59 * comments(0) * trackbacks(0) * 昨年の記事

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