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「やること過剰社会」の到来

現代は「やること過剰社会」だとか。
言われてみれば、確かにそうです。
やらなければならないことが山ほどあります。
少なくとも、10年以上前とは比較にならないほどです。

 

【参照記事】
「やること過剰社会」について(2019.3.6 R-Style)
 

その要因は、
・個人の自由の拡大
・強力なプロモーション
と説きます。


権利、可処分時間、選択肢がかなり拡大し、自由が拡がったのです。
その分だけ、やることが増えてしましました。


さらに、消費者に「気にしてもらえるように」、あらゆるアプローチがなされます。
それがプロモーションです。
メール、SNS、ウェブサイト、あらゆるメディアを通してプロモーションがかかります。
そこに飛び込むとどうなるか。
いくら時間があっても足りなくなってしまいます。


上記の記事では、これらのことを「コミットメントの過多」と表現しています。

 

可処分時間と選択肢としての自由があるからこそ、さまざまなものにコミットメントする余地が生まれてしまいます。
自由とプロモーションは強力に作用しあうのです。


たしかに。

 

何かにコミットメントすれば、それだけ「やること」が増えます。正確には、「やるべきこと」が増えて、そこから「やること」が増加していくのです。

 

たしかに。


「これって、本当に自分がやるべきことなんだろうか?」
を常に自身に問いかけないと、やることで埋もれてしまいます。


そうなりそうな自分がいます。

 

docshin * 安分守己 * 23:59 * comments(0) * trackbacks(0) * 昨年の記事

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