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バイアスのないメディアはない

私は、基本「バイアスのないメディアはない」と考えています。
なぜなら、メディア(媒体)が情報伝達を媒介するわけで…。

一次情報を媒介する時点で、選択が行われます。
誰が選択するのか。メディア側です。

仮に、AIがその選択を行えるようになったとしても、
それには一定の基準(バイアス)が適応されます。
どうしてもバイアスは除外できません。


バイアスを排除するには、何の介在を経ずに一次情報を提供するしかありません。
受け手はそれを見て、自分なりの判断を行えばいいわけです。

例えば、医学情報の世界では、できる限りそれに近づこうとするサービスがあります。
DynaMed と呼ばれる情報メディアで、発表された論文内容の「結果のみ」を列記しているものです。
それをテーマ毎にまとめて、結果の列記のみに特化しているサービスです。

完全と言わないまでも、今までになかった画期的なメディアだと思います。
(よく用いられている UpToDate には著者がいて、著者らの意向が反映されていることも多い)


しかし、それは「臨床医学」という領域に限定されているからできたことかもしれません。
世の中のすべての一次情報を抽出して列記する、というサービスが本当に可能でしょうか。

(今のコンピューターの能力からすれば、不可能ではないと思います。
ただ、その情報の信憑性・信頼性を誰が担保するか、というところが問題。
発表論文は peer review を受けた雑誌のみから収集されている点で、
一定の信憑性・信頼性を担保していると考えられているわけです。)


とあるラジオ番組を拝聴しました。
地元新聞が事実を伝えていない、偏りのある記事を配信し続けている、
だから不買運動を起こそう、という内容でした。

その伝え方があまりにも偏向しすぎていて、思わず笑ってしまいました。
「策士策におぼれる」です。

繰り返しますが、バイアスのないメディアは存在しません。
人間が介在する限り。

あるメディアの偏向を批判するなら、それを正すようなメディアを立ち上げるしかない。
でも、それもまた、一定の変更があることを自覚しなければならないのです。


つまり、情報には常にバイアスがかかっていて、
結局は、その情報を受け取る側の “受け取り方” にかかっているのです。
受け取り方、いわゆる「批判的吟味」ができるかどうか、です。

情報は鵜呑みにしてはいけない。

よく言われることですが、まったくその通りだと思うのです。

 

docshin * 色即是空 * 23:59 * comments(0) * trackbacks(0) * 昨年の記事

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